村上春樹さんの含蓄ある言葉10選:『ナンバー』最新号掲載

『ナンバー』最新号の村上春樹さんロングインタビュー ランニング全般
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村上春樹さんがゆかりの深い雑誌『ナンバー』で、走ることについてのロングインタビューに応じられた2011年から9年、久しぶりに『ナンバー』(7月16日発売号)に登場され、走ること、書くことについて3時間語られたと知りました。

71歳になった村上さんがいま、走る上で、また書く上で大切にしていることは何なのかを明かしているとのことで、1ハルキストとして『ナンバー』を購入せずにはいられませんでした。

私もまだがんばろうと気持ちを新たにできた村上春樹さんの言葉をご紹介します。

この記事を書いている私は、村上春樹さんの大ファンのサブ4ランナーです。

村上さんの言葉を励みに、フルマラソンを17回完走しました。

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村上春樹さんが『ナンバー』最新号で語った含蓄ある言葉10選

『ナンバー』最新号の村上春樹さんロングインタビュー

2011年は私がランニングを始めて、初マラソンを走った年。その年以来のインタビューということで、ささやかながら縁のようなものを感じないわけにはいきませんでした。

『走ることについて語るときに僕の語ること』を2007年10月15日に文藝春秋より発表してから13年。走ることへの向き合い方は変わったのか、ワクワクしながらインタビューを読みました。

「ずーっと走ってますよ」

インタビュー冒頭の村上さんの言葉です。

村上さんはいま71歳。33歳で走り始めてから38年間、毎年フルのレースに出場されています。今年の2月は京都マラソンに出たそうです。

❶ 歳をとると衰える筋肉と衰えない筋肉の差が出てくる

フォームと体の改造計画。歳をとると筋力が衰えるというより、衰える筋肉と衰えない筋肉の差が出てくるんです。日常的に使わない筋肉、例えばインナーマッスルなどが衰えやすい筋肉。その衰えが走ることの邪魔をするので、そこを鍛える。筋トレも取り入れた本格的な改造です。

70代になって、走るために筋トレ! すごいです。私はいまでもすでに体幹が弱いので、加齢が怖くなりました。

❷71歳になって走ることに真面目になった

71歳になってから、僕は走ることに真面目になったんです。

それまでは天然で走っていました。ただそのへんを走っていればいいだろう、ワーッとレースに出ておしまい、という感じで。でも、71歳になると天然では追いつけないんです。

71歳になると、勢いだけではなんとかならないと村上さんは言います。村上さんには「勝つべき相手は過去の自分自身」という名言がありますが、同じように走っているつもりでも、どんどんタイムが落ちていくのが現実です。

❸走る目的は2つ。体重を減らすためと体力を維持するため

そもそも僕がなぜ走るかというと、目的は2つしかありません。ひとつは小説家は座業なんで、走らないと太っちゃう。体重を減らすためですね。もうひとつは体力がないと長編小説が書けない。つまり体力を維持するためです。その目的を果たすためにも真面目にならないと。

「なぜ走るのか?」という問いへの村上さんの答えはシンプル。

走らないと太りやすい体質だということや、体力がないと長編小説が書けないということについては、『走ることについて語るときに僕の語ること』に記述がありました。

❹目標を決めずに走り、体が動かなければ無理はしない

今は目標を決めずに走っています。今日は体が動かないなと思ったら、無理はしません。昔はそれこそシャカリキに距離を走っていましたが、もう無理はしない。(中略)
前はマラソン大会の前には20〜30キロくらいは走っていたんですが、それもできなくなってきました。途中で疲れてしまう。

13年前の『走ることについて語るときに僕の語ること』の頃にはノルマとして課していた、「週に60キロ走る」「週に六日、一日10km走る」ということはせず、無理をしないそうです。

60代の頃から、ここ2、3年で急激にタイムが落ちてきたとか。60代と70代、ほんのわずかな差のようで、大きな違いがあるんだろうなと思います。

❺道路と靴があれば走れる。走るのはお金がかからない

僕は千葉県の習志野に住んでいたんですが、当時、習志野にはプールもなく、スポーツジムなんかもちろんない。でも道路はあった。(中略)

道路と靴があれば走れる。走るっていうのはお金がかからないんです。

長編小説の執筆は体力勝負。本格的な長編小説執筆に取りかかる頃、体を鍛えるために村上さんは当時住んでいた町で走り始めました。

「堕落するのが作家」だった時代に、「はぐれカラス」として健康な生活を目指します。

❻一人ひとりバラバラなのにつながっている

別に励まし合うわけじゃないから連帯感とは違います。誰も彼もが、ただ黙々と走る。同時的に同じ体験をしている。共感っていうんですかね。一人ひとりバラバラなのにつながっている。つながっていないつながり、みたいな。それがいいんです

同時性を共有する感じがレースの面白さだと語る村上さん。

確かに、走る理由や目標タイムは違っても、完走するという共通の大きな目的を持って、同じゴール地点を目指すなかに、ランナー同士のつながりを感じます。

❼撤退戦をどう闘うかは年寄りにしかできないこと

撤退戦も大変なんです。撤退戦をどう闘うか。これは年寄りにしかできないことでしょ。自分の士気をどう高めていくか。そこには技巧が必要になってくるんです。

まず、目的を見失わないこと。僕の場合、走るのは書くため。書くための体力をつけるため。だからレースで抜かれても、書くことで抜かれなければいいんです。

タイムはどんどん落ちていくわけだから、負け戦を闘っているのだと村上さんは語ります。でも、そもそもの走る目的は長編小説執筆のため。その目的を果たせているかが村上さんにとっては大事なことなのです。

❽僕は負けず嫌いじゃない

それに僕は負けず嫌いじゃない。

もし、負けず嫌いだったら、人に抜かれると悔しいでしょ。だから多くのランナーは走るのをやめて釣りを始めたりするんです。でも、僕は負けず嫌いじゃないから、負けても気にならない。

負けず嫌いだから走るのをやめる。そんな風に考えたことはありませんでした。

私も走ることに関しては、負けず嫌いじゃありません。抜かれても気にならないし、人と比べない。だから続いているのかもしれません。

❾人は「走る人」と「走らない人」に分かれる

僕の説では、人は「走る人」と「走らない人」に分かれます「走る人」は言われなくても走りますが、「走らない人」はどんなに言われても走らない。これはメンタリティーの問題なんです。

全体的に「走る人」は少数派らしく、村上さんは「一緒に走ろう」と陽子夫人を誘ったことは一度もないそうです。

ランニングを始めたとき、私は何人かの友人に一緒に走らないかと声をかけたことがありますが、走るようになった人はひとりもいません。

でも、絶対に走らないように見えた人が何かのきっかけで走り出すことはあります。私もそうでした。人にいわれて走るものではなく、走る理由ができたときに、人は走るものなんだなあと思います。

➓走ればひとりになれる。それも走る動機のひとつ

僕には僕のペースがありますからね。僕は自分のペースでやりたいタイプ。人に合わせるのが苦手だし。それにウチではなんのかんのと言っているから、走る時くらい黙ってひとりで走りたい。そう、走ればひとりになれる。ひとりになれるというのも走る動機のひとつです。

ひとりで部屋にいればいいというわけじゃない、と村上さん。部屋にいると、携帯を見たり、レコードを触ったりして何かしらしちゃうけれど、走る時は走るしかない、その時間が必要なのだそうです。

自分の好きなペースで好きなようにやれないとダメなので、〆切もないとか。「見えないゴールに向かって走りたい」そうです。ストイックだなあ。

インタビュアーの方同様、私も〆切りがないと始める気になれないタイプなので、絶対に無理です。

小説を書くのは恥ずかしい行為だから誰にも言いたくない、という村上さんは出版された本も読み返さないのだとか。
インタビュー終盤の「(走ることは)別に恥ずかしくない。そのまま向こうに走っていっちゃえばいいんだから」という言葉も印象的でした。

走り続けることで生まれる次の長編小説が楽しみです。

7月18日に発売された6年ぶりの短編集『一人称単数』は、設定や展開や比喩や思わせぶりや問いかけなど、ハルキ節健在、ハルキワールド炸裂です。

村上春樹さん短編集『一人称単数』

まとめ

5月22日にTOKYO FMで放送された緊急特番「村上RADIO ステイホームスペシャル〜明るいあしたを迎えるための音楽〜」で、新型コロナウィルス感染拡大で外出自粛が続くなか、大好きなランニングをする際に、「(神奈川の家の近所では)走っていて誰かとすれ違うことはあまりないので、走るときには基本、マスクはしない」と明かされた村上さん。

今回のインタビューでは「神宮外苑を走る時はマスクをしないと冷たい目で見られます」と話していらっしゃいました。でも、大磯の自宅周辺を早朝に走られる時は猫しかいないので、やっぱりマスクはしないそうです。

村上さんが「いまもまだ走る」のは、京都マラソンでの出来事が大きく影響しているという事実については、『ナンバー』最新号のインタビューを楽しみに読んでください。

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