マラソンの自己ベストタイムを尋ねられたとき、グロスタイムをいうべきか、ネットタイムでもいいのかと迷ったことはありませんか。
日本国内においてはグロスタイムが公式で、ネットタイムはあくまでも個人的な参考記録とされる場合が多いからです。
でも、昨年、グロスではなくネットタイムを公式と考えてもいいのではと思える出来事がありました。
ネットタイムが公式記録とされる海外の都市型市民マラソンの状況に、日本も近づいてきた気がします。
この記事を書いている私は、フルマラソンデビュー後9年間、サブ4を継続しています。
初フルマラソンのネットタイムは3時間51分27秒でしたが、グロスタイムは4時間8分6秒でした。Eブロック整列だったので、スタートラインに到達するまで17分くらいのロスタイムが発生しています。
サブ4デビューと堂々といっていいものか、悩ましく思ったことを覚えています。
日本ではなぜグロスタイムが公式なのか
グロスタイムとネットタイムとは
グロスタイム(Gross Time) /ガンタイム/クロックタイムとは、スタートの合図(号砲・ピストル)から、ゴールラインを通過するまでのタイム。整列地点からスタートラインが遠いほどロスタイムが多くなります。参加者の多い大規模なレースでは、後方からスタートするランナーほど不利になります。
一方、ネットタイム(Net Time) /チップタイム/ウォッチタイムとは、スタートラインを通過したときからゴールラインを通過するまでの正味のタイム。実際走るのに所要した個人の走力のタイムです。
日本陸上競技連盟が公認記録としてグロスタイムを適用
グロスタイムが公認記録として採用されるのには、いくつかの理由があります。
日本陸上競技連盟は「公認記録の扱い」について、次のように定めています。
道路競走競技会においては,グロスタイム(スタートの号砲 からフィニッシュまでの時間)とネットタイム(スタートラインを通過した時からフィニッシュまでの時間)が表示されることがよくあるが、公認記録となるのはグロスタイムのみである。参加標準記録として使用できるのもグロスタイムである。
一方で、大規模大会ではスタート位置によって大幅にタイムが異なることから、世界的には、エリートを除く一般ランナーに対してネットタイムを大会の正式タイムとして採用するレースが増えている状況である。技術的にグロスタイムとネットタイムの両方計測することは可能であることから、公認記録としてはグロスタイムを適用するが、ネットタイムを有効活用しても構わない。
日本陸上競技連盟は「公認記録としてはグロスタイムを適用」としていますが、世界的な状況を踏まえて柔軟になってきているようです。
関門や制限時間はグロスタイムが基準になる
多くのマラソン大会では制限時間や関門時間などが設けられ、時間内に通過できなければ失格になります。関門や制限時間はグロスタイムを基準にしないと、ややこしいことになります。
グロスタイムだと、制限時間が2時間の関門を、30分遅れでスタートしたランナーは正味1時間30分で通過しないと失格になってしまいます。大会の制限時間が6時間の場合は、5時間30分で走り切らないといけません。
でも、関門や制限時間を個々のランナーのネットタイムで細かくコントロールするのは難しそうです。
参加資格のある大会へのエントリーはグロスタイム
参加資格のある各大会にエントリーする際、日本ではほとんどグロスタイムで判断されます。
一般のランナーは陸連登録者の後ろに並ぶことが多く、ロスタイムをなくすために陸連登録をして前のほうに整列できるようにするランナーもたくさんいました。
私も、大阪国際女子マラソン出場資格を得るために、3時間15分を切った公式記録が欲しくて、陸連登録をしたことがあります。
でもいまでは、陸連登録と関係なく、タイム順にスタートさせる大会もあります。
スタート整列は安全でスムーズなスタート運営を行うため、陸連登録の部・一般の部を混合して、申込時のベストタイム及び申告タイムを参考に、スタート時の待機ブロックを設定します。
2020板橋Cityマラソン公式サイトより
安全でスムーズなスタート運営を行うために、日本陸上競技連盟登録の有無に関わらず、申告時の目標タイム等を参考にして、スタート時の待機ブロックを設定します。(申告タイム順にスタートするとは限りません)
東北・みやぎ復興マラソン2020
東京マラソンも2016年大会から、スタートの整列場所はタイム順となり、陸連登録者でも「エリートに次ぐAブロックとは限りません」と2016年の募集要項にあります。
ただ実際は、各都道府県の選考レースで上位に入り、各都道府県陸協から推薦を受けた選手約1000人が準エリートとしてAブロックに並んだようです。
多くの大会ではエントリー時に記入する完走予想申告タイムでスタート位置が決められます。少しでも有利な位置からスタートしようと虚偽申告をしたり割り込みをしたりする人もいますが、走力以上のポジションからスタートすると転倒の恐れがあり、危険です。
ネットタイムの順位は当日完走証に印刷できない
大会の完走証を即時発行する場合、完走証にはタイムと順位が表示されます。
ネットだと全順位が確定するのは、先頭のランナーから最後尾のランナーまで全員がフィニッシュしてからとなります。グロスタイムは着順=タイムが速い順なので順位がすぐ確定します。
そのため、グロスタイム・グロス順位が公式というパターンが多く、一般的には当日完走証では参考記録としてネットタイムのみが印刷され、順位は印刷されません。
チップ計測装置を使えないような小さな大会は当然、グロスタイムで計測します。
また、表彰対象者はグロスタイム・順位で決定される場合がほとんどです。
海外の大会では「公式記録=ネットタイム」が主流
1996年(平成8年)に、国際マラソンロードレース協会(AIMS)の総会が、チャンピオンチップで計測されたネットタイムが、AIMSのタイムとして公認されることを正式に決定したそうです。これにより、チャンピオンチップタイムが事実上の世界標準仕様と認められ、ニューヨーク、ボストン、シカゴ、ロンドン、ベルリン、パリ、ホノルル、ロッテルダムなどの海外の主要な大会でチップが採用されています。
グロスタイムが公式なのはエリートランナーのみ
ボストンマラソン、ニューヨークシティマラソン、シカゴマラソン、パリマラソンなどでは、グロスタイムが公式タイムとなるのはエリートランナーのみで、一般ウェーブでスタートする市民ランナーはネットタイム・順位が公式記録とされています。
海外の大規模な都市型マラソンでは一斉スタートが困難なため、スタートの混雑を緩和するために、参加者を何組かに分け、時間をずらしながら出走させるウェーブスタート方式が採用されています。
ボストンマラソンではエリート男性がスタートしてから1時間半以上も後に、ウェーブ4のランナーがスタートします。
エリート男性 | 9:37 |
エリート女性 | 9:45 |
パラ陸上競技部 | 9:50 |
ウェーブ1 | 10:00 |
ウェーブ2 | 10:25 |
ウェーブ3 | 10:50 |
ウェーブ4 | 11:15 |
世界6大マラソンの公式タイムはネットタイム
世界6大マラソンのほとんどが、ネットタイム=公式タイムです。
ボストンマラソンは「BAAは公式時間として「正味」時間を使用します。公式結果に表示されるあなたの時間は、スタートラインを越えたときに始まります」と記載しています。
制限時間は6時間ですが、ウェーブ4の最後のランナーがスタートラインを通過してから6時間です。
次のボストンマラソンの予選時間として使用できるタイムは、ガン(グロス)タイムではなく、正味のチップ(ネット)タイムです。
去年初めて、ボストンマラソンにエントリーする際に、「ボストンマラソンの資格」というページに、「予選時間は、公式に提出された正味時間(チップ時間とも呼ばれます)に基づいています」という一文があるのを見つけました。
エントリーするための適格基準タイムはガン(グロス)タイムではなく、チップ(ネット)タイムだなんて公正だなと嬉しくなりました。
ニューヨークシティマラソンは2006年以降、ネットタイムがオフィシャルタイムになりました。エリート枠エントリータイムもチップ(ネット)タイムです。
シカゴマラソンは、ガン(グロス)タイムは、指定されたエリートアスリートなどに適用され、他のすべての参加者の公式時間は、参加者がスタートラインを通過してから参加者がフィニッシュラインを通過するまでのネット時間と書かれています。
ロンドンマラソンは参加した人のレポートによると、公式記録はネットタイムです。
ベルリンマラソンは記録証にネット→ガンタイムの順に併記されています。エリート枠エントリーのタイムはネットかグロスか記載されていません。
ちなみに、海外レースではありませんが、世界6大マラソンのひとつである東京マラソンは、大会結果ページに「10kmの総合順位のみ、ネットタイムの順位になります」と記載されているため、フルの公式記録はグロスタイムのようです。
また、エリート枠エントリーのタイムは「公認記録を出した者」なので、やはりグロスタイムでのエントリーです。
世界6大マラソン以外では、日本人に大人気のホノルルマラソンは男女の上位6名を除き、ネットタイムを「本大会の記録(タイム)」として採用し、その記録により「順位」が確定します。完走証にはネットタイムが記載されます。
日本の大会もネットタイム重視の傾向に
全日本マラソンランキングはネットタイムで表彰
6月22日にWEBで公開された全日本マラソンランキングでは、ネットタイム計測大会はネットタイムで集計されています。別冊付録を確認したところ、対象となっている全国68のフルマラソンのうち、12大会はネットタイム集計がありませんでした。
福岡国際マラソンや大阪国際女子マラソン、びわ湖マラソンなどのエリートのレースはわかりますが、1万3,757人が完走した金沢マラソンにもネットタイム計測がないことになっています。それでも、ベストタイム採用人数は9,618人と、1万人近くいます。
もし、号砲が鳴って整列位置からスタートラインに到達するまでに10分以上かかったとして、その時間がタイムに加算され、大勢のランナーの自己記録とされてしまったとしたら、理不尽で残念な気がします。
金沢マラソンのホームページには「参考記録としてネットタイム(スタートラインを越えてからのタイム)も計測します」と記載されているので、ちゃんとネットタイムで集計されたのならよいのですが、気になりました。
ウェーブスタートの実施
日本でのマラソン大会大型化の流れを受け、日本陸上競技連盟は「ウェーブスタートの実施」について触れています。
日本国内では一斉スタートが主流のスタート方式であるが、大規模大会における一斉スタートの問題点として、特に速度の異なるランナーが一斉にスタートすることによる転倒事故の危険性や、スタート直後の混雑によるタイムロスを挽回する為に一般ランナーが無理なペースで走ることで、怪我や心肺停止等のリスクを高める等の問題が挙げられる。
海外ではニューヨークシティマラソンやボストン・マラソンは参加者を何組かに分け、時間をずらしながら出走させるスタート方式であるウェーブスタート(時差スタート)を採用しており、国内においても本方式による運営を認めている。また、記録については、ウェーブごとにグロスタイムとネットタイムを計測することとする。
ウェーブスタートでは、公式記録(グロスタイム)はウェーブごとの号砲を基準に計測します。例えば、第2ウェーブのランナーは、第2ウェーブのスタート時間からグロスタイムの測定がスタートします。
つくばマラソンでは、2015年の第35回大会からウェーブスタートを採用しています。第35回大会は3ウェーブ、第36回・第37回大会では4ウェーブ、第38回大会では5ウェーブで実施しました。
東北・みやぎ復興マラソンでは4ウェーブ、大阪マラソンは3ウェーブ、神戸マラソンやとくしまマラソンは2ウェーブで実施。総合順位はグロスタイム、年代別はネットタイムによって決定されることが多いようです。
湘南国際マラソンはネットタイムが公式記録
2019年12月1日の湘南国際マラソンに3年ぶりに参加して、公式記録がネットタイムだったので驚きました。
湘南国際マラソンでは2018年12月2日の第13回大会から、ネットタイムを公式記録として採用しているのです。数千人規模以上の大規模マラソンでは日本初の試みだそうです。
以前は日本陸上競技連盟公認コースでしたが、コースの道路形状の一部変更に伴って、第10回大会(2015年)以降は公認化を見送っていました。公認コース申請には大会自体の公認化が必要となったため、現在でも日本陸連・非公認扱いのコースとなっています。
公認大会でなければ陸連ルールに従う必要はありません。とはいうものの、運営上の困難から、ネットタイムを計測することはあっても公式記録はグロスタイム、ネットタイムは参考記録というパターンが通常でした。
湘南国際マラソンでは公式記録はネットタイムで、順位もネットタイムで判定します。「最大で20分以上先頭との差があったが、自分が走った実際の記録を求める参加者の声に合わせた」と、大会事務局は説明しています。
これまで公式記録だった「グロスタイム」は、参考記録として完走証に記載されます。
日本でもネットタイムを公式記録とするランナーファーストの大会が増えていくといいですね。
まとめ
グロスタイムよりも速いネットタイムは、実際の自分の走力です。
「自己ベストタイムは?」と聞かれたときに「ネットタイムで答えてもかまわない」のではなく、「ネットタイムが公式」になれば嬉しいことです。